2007年1月1日
2006年10月13日
パット・メセニー/ファースト・サークル
2006年10月12日
アストル・ピアソラ/タンゴ ゼロ アワー
2006年10月4日
Amon Duul [Airs On A Shoestring]
話を戻すと僕がジャーマン・ロックを好むのはそういった点で個々人のモチベーションが高い気がするのだ。 今名のある独ミュージシャンの大凡(おおよそ)が現代音楽から影響を受けたり、もしくはインスパイアされている時点で大きく異極化するのだろうが、 それにしても皆盆百のロック・ミュージシャンで無いことは音を聴けばわかるし、説得力もある。
更に続けると、僕の場合のクリエーションとはそもそも普通にポップスを好む人にも理解が及ぶ範囲で提示しなければ意味が無いと考えている。 散々云われ尽くされた見解であるが、やはり方法論ありきの音楽はもはや音楽ではない。つまり音を楽しむ対象ではないという事だ。 方法論ばかり先行させるインテリ坊ちゃんが奏でる音世界はこと何の説得力も感じないし持っているとも思えない。 また、どう能書きを垂れようが聴き手としては一瞬の解釈で終わってしまう。“一瞬の解釈”とは恐ろしいものでそれに値する音に積極的に参加させる機会を与える。そんなリレーションが延々繰り返されるのである。その大凡は半端な理解であることは云うまでもない。猫も杓子もミュージシャン、一億総音楽家。実に戯けた話である。 心には残らないのだ。 思惑として非常に能動的に音楽に参加させようとしているのかもしれないが、遙かに受動的に成らざるを得ない楽曲形態。 そんなのは波形の研究者としてでも生活していって頂きたい。たまたま音を扱うから音楽を演る、という面は辞めて戴きたい。 結局、方法論やマテリアルなんてご託を並べること自体「音楽」の上ではクソの役にも立ちゃしないのだから。やればいい、やればいいのだ。
2006年10月3日
Anthony Braxton / Richard Teitelbaum [Silence/Time Zones]
2006年10月1日
I POOH [Un Po'del Nostro Tempo Migliore]
2006年5月11日
2006年4月28日
武満徹 「Visions in Time」 at ART GARRELY
気分転換を兼ね、建物内をぶらぶらしていたらART GARRELYで「武満徹」の展示をおこなっていたのを知り、早速おじゃますることにした。
平日の夕刻、飯時前、さすがに観覧者もまばらであり、気持ちがいい。
実験工房周りからはじまり、ジャスパー・ジョーンズやミロ、イサム・ノグチの展示、そして武満自身のグラフィックスコアと続く。バロンの「閉じた眼」、宇佐見圭司の絵を観ることが出来たのは非情にうれしい。そのほか、ホアン・ミロやの展示物は昨年世田谷美術館でおこなわれていた「瀧口修三」展と同じものが多い。
あらためて感じることは実験工房の異色性だ。詩人、歌人、画家連なる名前ひとつひとつみても、各人が一つの肩書き収まるような人物ではないことが分かる。これも特異性を表すなんとやら。
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